それだけは誰でも知っている。
木曽は、とてもおめでたい顔をして、その言葉にうなずいた。
しかし、時間が経つにつれて、木曽は自分がなぜ呆気なく留まることになったのか、考える時間があった。 それは本当に実験への情熱を裏切られただけなのか、それともまだ見ぬ土地への漠然とした憧れだったのだろうか。実験なら、以前ここで相当やったし、西洋科学から切り離された今の時代、好条件の場所で、競争相手の多いボルネオ支部で、新進気鋭の人たちがやっている成果に励まされないわけはない。面白いですね」。
時間が経ち、日が経つにつれて、磁性体研究所の木曽禮次郎所長はようやく元気を取り戻した。
所長が言ったように、同じ赤道上なのに、なぜボルネオ島を選んだかというと、東進してきた西洋文明が、まずジャワに上陸して、ジャワをほとんど西洋化して、東インドで最も発展した島にし、それからまた東進しようとしたが、ボルネオがまだ本当に未開発だったので、ボルネオが最適の場所だったのだそうだ。 しかし、これからは東アジアの文化を西へ持っていかなければならない。 そのためには、すでに敵が獲得した施設を利用してもよいが、まずは残されたボルネオに東アジアの文化の最初の光を与えてやるのも面白いのではないか。–そして、こんなことを言いながら、監督も来るというのです。 やりますよ。 西洋の錬金術師が何百年もできなかった元素変換で、工業的に金を作りたいんだ。 今のサイクロトロンではまだダメだ。
ムラオの神経質そうな眉毛は真剣そのものだった。
そうですね、現在のサイクロトロンでは、スプーン一杯の水銀を変換するのにまだ何日もかかってしまいますね。…… 1グラム数千円で金を作っていると、金を作って破産してしまいますよ、はははは。
–石井さんはどうですか? なるほどね。 …… 木曽は、今度のボルネオ旅行で石井美智子を選んだのは正解だったと確信していた。 若いスタッフの中で(自覚があるほど)優しく、しばしば男らしい意志を見せる美智子が、自分の打った釘が当たったことを知ったかのように、簡単に熱中してしまうのは、納得がいくことであった。村尾は興奮すると顔が紅潮するというより青白くなるのだが、発表当日から特に青白い顔をしているのを見て、余計にそう思ったのである。 やや落ち着かない忙しさの中、ボルネオ行きのスタッフはボルネオ島へ出発した。発表からあっという間に1カ月ほどが経ち、若いスタッフたちはただ慌ただしく旅立っていったような気がする。 彼らが去った後、数日はそうでもなかったが、1週間もすると、木曽は再び取り残されたような気分になり始めた。人数は3分の1くらいになったが、それでも研究室全体が寂しくなったような気がした。実験室の助手たちも、ゆっくりと実験に取り組んでいるが、全くやる気が感じられない。 これはまずいと思いつつも、残ったスタッフの気持ちも分かるような気がして、無理に注意することもできない。ごく内輪とはいえ、支社に行く人を選んだのは自分だという敗北感と、そのために残ったという安堵感があった。木曽は、無人の実験室で報告書のグラフ用紙に実験特性曲線を黙々と書き込んでいる残されたスタッフの背中を、黙って見つめていた。時々、職員から意見を求められると、自分でもびっくりするくらい大きな声を出したり、わざと笑ったりしていた。 出発して2ヵ月目の終わり頃、ボルネオ事務所から初めて私信が届いた。
それは、石井道子から木曽禮次郎への私信であった。
–お久しぶりです。出発の時、わざわざ見送ってくれてありがとうございました。もっと早く手紙を書きたかったのですが、初めての慣れない土地で、しかも仕事のことばかり考えていました。
しかし、先方のご尽力もあり、思いのほか順調に進み、インスティテュート・ボルネオ支社での仕事をスタートさせることができました。初めてボルネオのマングローブを見たときの感動は、言葉では言い表せないほどでした。この地を覆う熱帯林には猿が生息していると言われていますが、なかなかこの目で見る機会がありません。(関わりたくないのです。)とにかく、みんな元気であることをお伝えします。とにかく、私たちは皆とても元気で、研究所も思いがけず立派な建物(以前はココナツヤシの会社だった)にあることをお知らせしておきます。
私の仕事-北極と南極の磁力が赤道に及ぼす影響-については、まだどうなるかわかりませんが、準備ができたら、北極と南極のオシログラフ曲線を正確に取ってお知らせしたいと思います。これは、地球の極がぐらついているのか、地球が鉄でできた永久磁石でないのか、空気中の電磁波の影響なのか、判断が難しいところです。もう一つ面白いのは、赤道上では北極から出る磁力線の方が南極から出る磁力線よりも多いようで、普通の磁石なら両極から出る磁力線の数は同じなのに、考えられないような不思議な違いがあることである。 地球が私たちの知っている磁石と違うからなのか、南からの磁力線が宇宙に吸収されてしまうからなのか、それとも北半球の方が南半球よりずっと土地が多いからなのか。 –イム・ゴメン、イム・ゴメン。
このような手紙を書くつもりはなかったのですが、あまりにも気になるので、正直に書かせていただきました。 村尾さんたちのサイクロトロンの準備に時間がかかると思いますので、それまで私のことを思っていてくださいということです。 昨日のリバースチームでは、ポンチャナックから日本の味噌を持ってきてくれたので、今朝はとても美味しい味噌汁を食べることができましたので、ご報告します。5月12日 補足-。 V. 村尾憲治から木曽禮次郎への私信。 –この手紙が届くころには、東京も梅雨入りしていることでしょう。 東京はあのどしゃぶりの雨から解放されました。青空と集中豪雨。